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9-93.責められるべき筋は、富裕にも拘らずあなたに(出征の)免除を願い出る者たちだけである。かれらは背後に留まる者と、一緒にいるのを喜ぶ。アッラーはかれらの心を封じられた。従って(失うものを)知らないのである。

إِنَّمَا السَّبِيلُ عَلَى الَّذِينَ يَسْتَأْذِنُونَكَ وَهُمْ أَغْنِيَاء رَضُواْ بِأَن يَكُونُواْ مَعَ الْخَوَالِفِ وَطَبَعَ اللّهُ عَلَى قُلُوبِهِمْ فَهُمْ لاَ يَعْلَمُونَ 93

9-94.あなたがたが(居所)に帰るとかれらは許しを請うであろう。言ってやるがいい。「許しを請うてはならない。わたしたちは決してあなたがたを信じない。アッラーは、既にあなたがたの出来事を告げ知らせられた。またアッラーと使徒は、あなたがたの行いを見守るであろう。それからあなたがたは、幽玄界と現象界を知っておられる御方に帰される。その時かれは、あなたがたが行った(凡ての)ことを告げ知らせられる。」

يَعْتَذِرُونَ إِلَيْكُمْ إِذَا رَجَعْتُمْ إِلَيْهِمْ قُل لاَّ تَعْتَذِرُواْ لَن نُّؤْمِنَ لَكُمْ قَدْ نَبَّأَنَا اللّهُ مِنْ أَخْبَارِكُمْ وَسَيَرَى اللّهُ عَمَلَكُمْ وَرَسُولُهُ ثُمَّ تُرَدُّونَ إِلَى عَالِمِ الْغَيْبِ وَالشَّهَادَةِ فَيُنَبِّئُكُم بِمَا كُنتُمْ تَعْمَلُونَ 94

9-95.あなたがた(信者)が(戦いから)帰ってきた時、あなたがたが(責めないで)放置するようアッラーにかけてかれらは誓うであろう。それでは放っておけ。かれらは本当に不浄であり、地獄がかれらの住まいである。かれらの(悪い)行いに対する報いである。

سَيَحْلِفُونَ بِاللّهِ لَكُمْ إِذَا انقَلَبْتُمْ إِلَيْهِمْ لِتُعْرِضُواْ عَنْهُمْ فَأَعْرِضُواْ عَنْهُمْ إِنَّهُمْ رِجْسٌ وَمَأْوَاهُمْ جَهَنَّمُ جَزَاء بِمَا كَانُواْ يَكْسِبُونَ 95

9-96.かれらはあなたがたに気に入られるようにあなたがたに誓うかもしれない。だがもしあなたがたがかれらを気に入っても、本当にアッラーは、アッラーの掟に背く者を御喜びになられない。

يَحْلِفُونَ لَكُمْ لِتَرْضَوْاْ عَنْهُمْ فَإِن تَرْضَوْاْ عَنْهُمْ فَإِنَّ اللّهَ لاَ يَرْضَى عَنِ الْقَوْمِ الْفَاسِقِينَ 96

9-97.(遊牧の)アラビア人の不信心と偽善はもっと甚だしく、かれらはアッラーが使徒に下された掟に就いては、まったく無知である。だがアッラーは全知にして英明であられる。

الأَعْرَابُ أَشَدُّ كُفْرًا وَنِفَاقًا وَأَجْدَرُ أَلاَّ يَعْلَمُواْ حُدُودَ مَا أَنزَلَ اللّهُ عَلَى رَسُولِهِ وَاللّهُ عَلِيمٌ حَكِيمٌ 97

9-98.(遊牧の)アラビア人の中には、(アッラーの道のため)かれらの施したものを、上納金のように思い、いっそあなたがた(ムスリム)に凶運が下るよう待ち望んでいる者がある。かれらの上にこそ凶運が見舞うであろう。アッラーは全聴にして全知であられる。

وَمِنَ الأَعْرَابِ مَن يَتَّخِذُ مَا يُنفِقُ مَغْرَمًا وَيَتَرَبَّصُ بِكُمُ الدَّوَائِرَ عَلَيْهِمْ دَآئِرَةُ السَّوْءِ وَاللّهُ سَمِيعٌ عَلِيمٌ 98

9-99.しかし(遊牧の)アラビア人の中のある者は、アッラーと最後の日を信じ、かれらの支出をアッラーに近付き、また使徒の祝福に預るための、捧げ物と考えている。聞け。本当にそれはかれらをアッラーに近付け、かれはやがてかれらを慈悲に浴させられる。本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。

وَمِنَ الأَعْرَابِ مَن يُؤْمِنُ بِاللّهِ وَالْيَوْمِ الآخِرِ وَيَتَّخِذُ مَا يُنفِقُ قُرُبَاتٍ عِندَ اللّهِ وَصَلَوَاتِ الرَّسُولِ أَلا إِنَّهَا قُرْبَةٌ لَّهُمْ سَيُدْخِلُهُمُ اللّهُ فِي رَحْمَتِهِ إِنَّ اللّهَ غَفُورٌ رَّحِيمٌ 99

9-100.(イスラームの)先達は、第1は(マッカからの)遷移者と、(遷移者を迎え助けたマディーナの)援助者と、善い行いをなし、かれらに従った者たちである。アッラーはかれらを愛でられ、かれらもまたかれに満悦する。かれは川が下を永遠に流れる楽園を、かれらのために備え、そこに永遠に住まわせられる。それは至上の幸福の成就である。

وَالسَّابِقُونَ الأَوَّلُونَ مِنَ الْمُهَاجِرِينَ وَالأَنصَارِ وَالَّذِينَ اتَّبَعُوهُم بِإِحْسَانٍ رَّضِيَ اللّهُ عَنْهُمْ وَرَضُواْ عَنْهُ وَأَعَدَّ لَهُمْ جَنَّاتٍ تَجْرِي تَحْتَهَا الأَنْهَارُ خَالِدِينَ فِيهَا أَبَدًا ذَلِكَ الْفَوْزُ الْعَظِيمُ 100

9-101.あなたがたの周囲の(遊牧の)アラビア人の中にも、またマディーナの市民の中にも、背信者がいる。かれらは偽善に執着している。あなたはかれらを知らない。だがわれは知っている。かれは2回にわたりかれらを懲罰し、その後かれらは、重い懲罰にかけられるであろう。

وَمِمَّنْ حَوْلَكُم مِّنَ الأَعْرَابِ مُنَافِقُونَ وَمِنْ أَهْلِ الْمَدِينَةِ مَرَدُواْ عَلَى النِّفَاقِ لاَ تَعْلَمُهُمْ نَحْنُ نَعْلَمُهُمْ سَنُعَذِّبُهُم مَّرَّتَيْنِ ثُمَّ يُرَدُّونَ إِلَى عَذَابٍ عَظِيمٍ 101

9-102.外のある者は、自分の誤ちを認めるが、善行と、外の不行跡が混っている。アッラーは、かれらの悔悟を許される。本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。

وَآخَرُونَ اعْتَرَفُواْ بِذُنُوبِهِمْ خَلَطُواْ عَمَلاً صَالِحًا وَآخَرَ سَيِّئًا عَسَى اللّهُ أَن يَتُوبَ عَلَيْهِمْ إِنَّ اللّهَ غَفُورٌ رَّحِيمٌ 102

9-103.かれらの財産から施しを受け取らせるのは、あなたが、かれらをそれで清めて罪滅しをさせ、またかれらのために祈るためである。本当にあなたの祈りは、かれらへの安らぎである。アッラーは全聴にして全知であられる。

خُذْ مِنْ أَمْوَالِهِمْ صَدَقَةً تُطَهِّرُهُمْ وَتُزَكِّيهِم بِهَا وَصَلِّ عَلَيْهِمْ إِنَّ صَلاَتَكَ سَكَنٌ لَّهُمْ وَاللّهُ سَمِيعٌ عَلِيمٌ 103

9-104.アッラーが、しもべたちの悔悟を赦し、また施しを受け入れられることをかれらは知らないのか。またアッラーこそは、度々悔悟を赦される御方、情け深い方であられることを(知らないのか)。

أَلَمْ يَعْلَمُواْ أَنَّ اللّهَ هُوَ يَقْبَلُ التَّوْبَةَ عَنْ عِبَادِهِ وَيَأْخُذُ الصَّدَقَاتِ وَأَنَّ اللّهَ هُوَ التَّوَّابُ الرَّحِيمُ 104

9-105.(かれらに)言ってやるがいい。「(善い事を)行え。アッラーはあなたがたの行いを御存知であられる。かれの使徒と信者たちもまた(見ている)。やがてあなたがたは、幽玄界と現象界を知っておられる方に帰される。その時かれは、あなたがたにその行ったことを告げ知らせる。」

وَقُلِ اعْمَلُواْ فَسَيَرَى اللّهُ عَمَلَكُمْ وَرَسُولُهُ وَالْمُؤْمِنُونَ وَسَتُرَدُّونَ إِلَى عَالِمِ الْغَيْبِ وَالشَّهَادَةِ فَيُنَبِّئُكُم بِمَا كُنتُمْ تَعْمَلُونَ 105

9-106.その外に、アッラーが懲罰なされるのか、または悔悟を赦されるのか、かれの裁決を待たされる者がいる。本当にアッラーは全知にして英明であられる。

وَآخَرُونَ مُرْجَوْنَ لِأَمْرِ اللّهِ إِمَّا يُعَذِّبُهُمْ وَإِمَّا يَتُوبُ عَلَيْهِمْ وَاللّهُ عَلِيمٌ حَكِيمٌ 106

9-107.また(イスラームの)妨害と不信心(の助長)のために、一座のマスジドを建立した者があり、それで信者の間を分裂させ、また先にアッラーとその使徒に対して戦った者のための、隠れ家とする者がある。しかも(口先では)、「わたしたちは、只善いことを行うだけです。」と誓う。だがアッラーは、かれらが確かに偽っていることを立証される。

وَالَّذِينَ اتَّخَذُواْ مَسْجِدًا ضِرَارًا وَكُفْرًا وَتَفْرِيقًا بَيْنَ الْمُؤْمِنِينَ وَإِرْصَادًا لِّمَنْ حَارَبَ اللّهَ وَرَسُولَهُ مِن قَبْلُ وَلَيَحْلِفَنَّ إِنْ أَرَدْنَا إِلاَّ الْحُسْنَى وَاللّهُ يَشْهَدُ إِنَّهُمْ لَكَاذِبُونَ 107

9-108.あなたがたは決してその中で(礼拝に)立ってはならない。最初の日から敬虔に礎えを定めて建立されたマスジドこそは、あなたがたがそこに立つに相応しい。その中には、自ら清浄であることを好む人びとがいる。アッラーは、その身を清める者を愛でられる。

لاَ تَقُمْ فِيهِ أَبَدًا لَّمَسْجِدٌ أُسِّسَ عَلَى التَّقْوَى مِنْ أَوَّلِ يَوْمٍ أَحَقُّ أَن تَقُومَ فِيهِ فِيهِ رِجَالٌ يُحِبُّونَ أَن يَتَطَهَّرُواْ وَاللّهُ يُحِبُّ الْمُطَّهِّرِينَ 108

9-109.アッラーを畏れ、かれの御喜びを求めてその家の礎えを定め建てる者と、砕け崩れそうな崖のふちにその家の礎えを定めて建て、地獄の火の中に共に砕け落ちる者と、どちらが優れているか。アッラーは不義を行う民を導かれない。

أَفَمَنْ أَسَّسَ بُنْيَانَهُ عَلَى تَقْوَى مِنَ اللّهِ وَرِضْوَانٍ خَيْرٌ أَم مَّنْ أَسَّسَ بُنْيَانَهُ عَلَىَ شَفَا جُرُفٍ هَارٍ فَانْهَارَ بِهِ فِي نَارِ جَهَنَّمَ وَاللّهُ لاَ يَهْدِي الْقَوْمَ الظَّالِمِينَ 109

9-110.かれらの建てた建物は、かれらの心が細かく砕かれない限り、かれらの心中の疑惑不安の種となろう。アッラーは全知にして英明であられる。

لاَ يَزَالُ بُنْيَانُهُمُ الَّذِي بَنَوْاْ رِيبَةً فِي قُلُوبِهِمْ إِلاَّ أَن تَقَطَّعَ قُلُوبُهُمْ وَاللّهُ عَلِيمٌ حَكِيمٌ 110

9-111.本当にアッラーは、信者たちからその生命と財産を贖われた。かれらのため(の代償)は、楽園である。かれらはアッラーの道のために戦い、殺し、また殺される。それは律法と福音とクルアーンとを通じて、かれが結ばれる真実な約束である。誰がアッラー以上に、約束に忠実であろうか。だからあなたがたが結んだ契約を喜べ。それこそは至上の幸福の成就である。

إِنَّ اللّهَ اشْتَرَى مِنَ الْمُؤْمِنِينَ أَنفُسَهُمْ وَأَمْوَالَهُم بِأَنَّ لَهُمُ الجَنَّةَ يُقَاتِلُونَ فِي سَبِيلِ اللّهِ فَيَقْتُلُونَ وَيُقْتَلُونَ وَعْدًا عَلَيْهِ حَقًّا فِي التَّوْرَاةِ وَالإِنجِيلِ وَالْقُرْآنِ وَمَنْ أَوْفَى بِعَهْدِهِ مِنَ اللّهِ فَاسْتَبْشِرُواْ بِبَيْعِكُمُ الَّذِي بَايَعْتُم بِهِ وَذَلِكَ هُوَ الْفَوْزُ الْعَظِيمُ 111

9-112.悔悟して(アッラーに)返る者、仕える者、讃える者、斎戒する者、立礼する者、サジダする者、善を勧める者、悪を禁ずる者、そしてアッラーが定められた限界を守る者。これらの信者たちに、この吉報を伝えなさい。

التَّائِبُونَ الْعَابِدُونَ الْحَامِدُونَ السَّائِحُونَ الرَّاكِعُونَ السَّاجِدونَ الآمِرُونَ بِالْمَعْرُوفِ وَالنَّاهُونَ عَنِ الْمُنكَرِ وَالْحَافِظُونَ لِحُدُودِ اللّهِ وَبَشِّرِ الْمُؤْمِنِينَ 112

9-113.多神教徒のために、御赦しを求めて祈ることは、仮令近親であっても、かれらが業火の住人であることが明らかになった後は、預言者にとり、また信仰する者にとり妥当ではない。

مَا كَانَ لِلنَّبِيِّ وَالَّذِينَ آمَنُواْ أَن يَسْتَغْفِرُواْ لِلْمُشْرِكِينَ وَلَوْ كَانُواْ أُوْلِي قُرْبَى مِن بَعْدِ مَا تَبَيَّنَ لَهُمْ أَنَّهُمْ أَصْحَابُ الْجَحِيمِ 113

9-114.イブラーヒームが自分の父のために、御赦しを求めて祈ったのは、只かれ(父)と約束があったためである。それでかれ(父)がアッラーの敵であることが明白になった時、かれ(父)との関係を断った。本当にイブラーヒームは、柔和で辛抱強い人物であった。

وَمَا كَانَ اسْتِغْفَارُ إِبْرَاهِيمَ لِأَبِيهِ إِلاَّ عَن مَّوْعِدَةٍ وَعَدَهَا إِيَّاهُ فَلَمَّا تَبَيَّنَ لَهُ أَنَّهُ عَدُوٌّ لِلّهِ تَبَرَّأَ مِنْهُ إِنَّ إِبْرَاهِيمَ لأوَّاهٌ حَلِيمٌ 114

9-115.アッラーは、人びとを導かれた後、かれらの守るべきことを解明されるまでは決して迷わせたりしない。本当にアッラーは凡てのことを知っておられる。

وَمَا كَانَ اللّهُ لِيُضِلَّ قَوْمًا بَعْدَ إِذْ هَدَاهُمْ حَتَّى يُبَيِّنَ لَهُم مَّا يَتَّقُونَ إِنَّ اللّهَ بِكُلِّ شَيْءٍ عَلِيمٌ 115

9-116.天と地の大権はアッラーに属する。かれは生を与え、また死を与える。アッラーの外に、あなたがたには守護者も援助者もないのである。

إِنَّ اللّهَ لَهُ مُلْكُ السَّمَاوَاتِ وَالأَرْضِ يُحْيِـي وَيُمِيتُ وَمَا لَكُم مِّن دُونِ اللّهِ مِن وَلِيٍّ وَلاَ نَصِيرٍ 116

9-117.アッラーは、預言者と苦難の時にかれに従った遷移者たち〔ムハージルーン〕と援助者たち〔アンサール〕に哀れみをかけられた。その後かれらの一部の者の心は、(その義務の履行から)殆んど逸れてしまった。その時かれはかれらに、哀れみをかけられた。本当にかれは、かれら(ムスリム)に親切であり慈悲深くあられる。

لَقَد تَّابَ الله عَلَى النَّبِيِّ وَالْمُهَاجِرِينَ وَالأَنصَارِ الَّذِينَ اتَّبَعُوهُ فِي سَاعَةِ الْعُسْرَةِ مِن بَعْدِ مَا كَادَ يَزِيغُ قُلُوبُ فَرِيقٍ مِّنْهُمْ ثُمَّ تَابَ عَلَيْهِمْ إِنَّهُ بِهِمْ رَؤُوفٌ رَّحِيمٌ 117

9-118.後に残った3人に対しても(またかれは哀れみをかけられた)。大地はこのように広いのだがかれらには狭く感じられ、またその魂も自分を(内面から)狭めるようになった。そしてかれらは、アッラーに縋る外にはかれ(の懲罰)から免れるすべがないことを悟った。すると(主は)哀れみをかけられ、かれらは悔悟して(かれに)返った。本当にアッラーは度々赦される方、慈悲深い方であられる。

وَعَلَى الثَّلاَثَةِ الَّذِينَ خُلِّفُواْ حَتَّى إِذَا ضَاقَتْ عَلَيْهِمُ الأَرْضُ بِمَا رَحُبَتْ وَضَاقَتْ عَلَيْهِمْ أَنفُسُهُمْ وَظَنُّواْ أَن لاَّ مَلْجَأَ مِنَ اللّهِ إِلاَّ إِلَيْهِ ثُمَّ تَابَ عَلَيْهِمْ لِيَتُوبُواْ إِنَّ اللّهَ هُوَ التَّوَّابُ الرَّحِيمُ 118

9-119.あなたがた信仰する者たちよ、アッラーを畏れ、(言行の)誠実な者と一緒にいなさい。

يَا أَيُّهَا الَّذِينَ آمَنُواْ اتَّقُواْ اللّهَ وَكُونُواْ مَعَ الصَّادِقِينَ 119

9-120.マディーナの人びとも周辺の(遊牧の)アラビア人たちも、アッラーの使徒のあとに居残って、自分の身命をかれのものより大切にするなど間違っている。かれらがアッラーの道のために、渇き、疲れ、餓えに会う度に、また不信者を怒らせる行(攻賂)に出向く度に、敵に何らかの打撃を与える度に、かれらに対してもそのことが善行として記録されるのである。本当にアッラーは、正しい行いの者への報奨を無益にされない。

مَا كَانَ لِأَهْلِ الْمَدِينَةِ وَمَنْ حَوْلَهُم مِّنَ الأَعْرَابِ أَن يَتَخَلَّفُواْ عَن رَّسُولِ اللّهِ وَلاَ يَرْغَبُواْ بِأَنفُسِهِمْ عَن نَّفْسِهِ ذَلِكَ بِأَنَّهُمْ لاَ يُصِيبُهُمْ ظَمَأٌ وَلاَ نَصَبٌ وَلاَ مَخْمَصَةٌ فِي سَبِيلِ اللّهِ وَلاَ يَطَؤُونَ مَوْطِئًا يَغِيظُ الْكُفَّارَ وَلاَ يَنَالُونَ مِنْ عَدُوٍّ نَّيْلاً إِلاَّ كُتِبَ لَهُم بِهِ عَمَلٌ صَالِحٌ إِنَّ اللّهَ لاَ يُضِيعُ أَجْرَ الْمُحْسِنِينَ 120

9-121.大なり小なり(道のため)費やしたもの、また一つの谷を越えたことが、必ずかれらのために記録されている。アッラーはかれらの行ったことに対して、最上(の報奨)をもって報われる。

وَلاَ يُنفِقُونَ نَفَقَةً صَغِيرَةً وَلاَ كَبِيرَةً وَلاَ يَقْطَعُونَ وَادِيًا إِلاَّ كُتِبَ لَهُمْ لِيَجْزِيَهُمُ اللّهُ أَحْسَنَ مَا كَانُواْ يَعْمَلُونَ 121

9-122.信者は、全員が一斉に出動すべきではない。各団のうち一部が、出動し、そして残留者は宗教に就いて理解を深め、皆が帰った時かれらに警告を与える。恐らく出動した者は注意するであろう。

وَمَا كَانَ الْمُؤْمِنُونَ لِيَنفِرُواْ كَآفَّةً فَلَوْلاَ نَفَرَ مِن كُلِّ فِرْقَةٍ مِّنْهُمْ طَآئِفَةٌ لِّيَتَفَقَّهُواْ فِي الدِّينِ وَلِيُنذِرُواْ قَوْمَهُمْ إِذَا رَجَعُواْ إِلَيْهِمْ لَعَلَّهُمْ يَحْذَرُونَ 122

9-123.信仰する者よ、あなたがたに近い不信者と戦え。そして、あなたがたが意志堅固で力強いことを、かれらに知らせなさい。アッラーは主を畏れる者と共におられることを知れ。

يَا أَيُّهَا الَّذِينَ آمَنُواْ قَاتِلُواْ الَّذِينَ يَلُونَكُم مِّنَ الْكُفَّارِ وَلِيَجِدُواْ فِيكُمْ غِلْظَةً وَاعْلَمُواْ أَنَّ اللّهَ مَعَ الْمُتَّقِينَ 123

9-124.(新たに)1章〔スーラ〕が下る度にかれらのある者は言う。「これによってあなたがたの中、誰が信心を深めるであろうか。」本当に信仰する者は、これによって信心を深め、喜ぶ。

وَإِذَا مَا أُنزِلَتْ سُورَةٌ فَمِنْهُم مَّن يَقُولُ أَيُّكُمْ زَادَتْهُ هَـذِهِ إِيمَانًا فَأَمَّا الَّذِينَ آمَنُواْ فَزَادَتْهُمْ إِيمَانًا وَهُمْ يَسْتَبْشِرُونَ 124

9-125.しかし心に病の宿る者は、これによって汚れの上に汚れを加えて、不信者として死ぬ。

وَأَمَّا الَّذِينَ فِي قُلُوبِهِم مَّرَضٌ فَزَادَتْهُمْ رِجْسًا إِلَى رِجْسِهِمْ وَمَاتُواْ وَهُمْ كَافِرُونَ 125

9-126.かれらは毎年、1度や2度試みられるのに気付かないのか。それでもかれらは悔悟せず、また改心しないのである。

أَوَلاَ يَرَوْنَ أَنَّهُمْ يُفْتَنُونَ فِي كُلِّ عَامٍ مَّرَّةً أَوْ مَرَّتَيْنِ ثُمَّ لاَ يَتُوبُونَ وَلاَ هُمْ يَذَّكَّرُونَ 126

9-127.かれらは1章〔スーラ〕が下る度に、互いに顧みて(目で言う)。「誰かが、あなたがたを見ているのか。」、やがてかれらは背き去る。かれらは悟らない民であるために、アッラーはその心を(真理から)背かせられたのである。

وَإِذَا مَا أُنزِلَتْ سُورَةٌ نَّظَرَ بَعْضُهُمْ إِلَى بَعْضٍ هَلْ يَرَاكُم مِّنْ أَحَدٍ ثُمَّ انصَرَفُواْ صَرَفَ اللّهُ قُلُوبَهُم بِأَنَّهُمْ قَوْمٌ لاَّ يَفْقَهُون 127

9-128.今、使徒があなたがたにあなたがたの間から、やって来た。かれは、あなたがたの悩みごとに心を痛め、あなたがたのため、とても心配している。信者に対し優しく、また情深い。

لَقَدْ جَاءكُمْ رَسُولٌ مِّنْ أَنفُسِكُمْ عَزِيزٌ عَلَيْهِ مَا عَنِتُّمْ حَرِيصٌ عَلَيْكُم بِالْمُؤْمِنِينَ رَؤُوفٌ رَّحِيمٌ 128

9-129.だからかれらが背き去っても言ってやるがいい。「わたしには、アッラーがいれば十分である。かれの外に神はない。わたしはかれを信頼する。かれこそは、(栄光に満ちた)至高の玉座の主であられる。」

فَإِن تَوَلَّوْاْ فَقُلْ حَسْبِيَ اللّهُ لا إِلَـهَ إِلاَّ هُوَ عَلَيْهِ تَوَكَّلْتُ وَهُوَ رَبُّ الْعَرْشِ الْعَظِيمِ 129

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