目の前にあるものが何であるか
目の前にあるものが何であるかの知識を獲得するには、脳は網膜にとらえた対象を単に分析するだけでなく、その分析に基づいて視覚世界を脳の中に積極的に組み立てなければならない。
視覚情報は網膜から視神経を通じて脳内に入り、間脳後部にある外側膝状体で中継され、視放線という線維束を形成して後頭葉の鳥距溝上下にある1次視覚野(以後V1野と表示)に投射する。2次視覚野(V2野)は、V1野に接してその前方に帯状に広がる領域で、ほとんどの入力をV1野から受けている。V2野は網膜からの信号に忠実に反応するが、V2野の細胞はV1野より受容野が大きく、分析機能が発達しているので錯視に反応する。すなわち、そこに線分が存在すると“推測”する機能があると思われる。
視覚における錯覚である錯視の中で、幾何学的錯視と呼ばれ図形の線の長さや角度・方向などといった幾何学的関係と実際に見られる関係が異なるものとして“主観的輪郭(錯視的輪郭)”が知られている。この“カニッツァの三角形”と呼ばれる図の中に三角形が見えたとすると、そのものは私たちの脳の中に存在する。これは目からの客観的な手がかりと、三角形があるのではという期待とが結合してできた完全に主観的なイメージである。錯視で見える三角形は、「ほんもの」の三角形を見るときと使われる脳の部位も違うしその構築の仕方も異なっている。私たちはこのように、部分的に遮断された網膜像からも物体の形を知ることができ、またその前後関係を一瞬で見分けることもできる。その意味で、視覚情報の処理においてV2野での“主観的輪郭”の検出は重要な役割を果たしている。
一方、V1野の形選択性細胞は錯視に反応せず、線分がなければそれがあるとの信号を出さない。処理能力の異なるV2野とV1野の間ではその信号の差(不一致)の情報の照合が行われ、この不一致を解決するために、V2野の細胞はV1野の対応する細胞に向けて再回帰信号を返しているはずである。
視覚情報の統合は、視覚世界の知覚と理解が同時に起こる過程であると言えよう。
参考文献
『認知脳科学特講』オリジナルテキスト、人間総合科学大学、2006年
『高次脳機能特論』オリジナルテキスト、人間総合科学大学、2005年
T・Bチェルナー著『心の棲である脳』、東京図書、2003年
リタ・カーター著『脳と心の地形図』原書房、2004年
川島隆太著『高次機能のブレインイメージング』医学書院、2003年
重野純著『心理学』新曜社、2005年


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