脳科学特講V

脳が性差を決めている。性の決定は受精の瞬間に始まり、この段階は遺伝的な性の決定を意味する。ヒトを含む哺乳類は雄にも雌にもなれる潜在的能力をもっており、もしY染色体があれば精巣が形成される。この発生過程が、 雄になるための重要な第一歩なのである。脳の性分化は生後早期に、アンドロゲン(男性ホルモンの総称)の作用によって確立される。その効果は一生続く形成的な特徴を示し、生後早期の臨界期(脳がアンドロゲンの作用によって性分化が起こりうる時期)の間に性ホルモンが脳の機能を恒久的に変えてしまう。臨界期を過ぎてから同じホルモンをいくら投与してもそのような変化は起こらない。ステロイドホルモンは脂溶性であるので細胞の中に入って作用する。エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体・アンドロゲン受容体というように、それぞれの性ホルモンに対して特異的に結合する受容体が分離・同定されている。臨界期にアンドロゲンやエストロゲンはまずこれらの部位に働き、少なくともこれらの部位に機能的・形態的な性分化をもたらすものと考えられる。
大脳皮質の左右差の成立にも性ステロイドが関係している。空間認知能力あるいは空間的記憶の性ホルモンに性差があり、この性差は遺伝的なものではなく、生後早期に性ホルモンに脳がさらされることによって起こる。エストロゲンやアンドロゲンが発達過程にある海馬あるいは前頭葉皮質に働いて、空間情報処理能力をより発達させた可能性が考えられる。正常な男の胎児の場合は、自分の精巣からアンドロゲンが分泌されるが、これが脳に作用して遊びのパターンを男性型にする。女の胎児は、卵巣からはアンドロゲンは出ないので遊びのパターンは男性型にならずに女性型になる。生まれたときにおいても、幼児においても、男の子も女の子も、完全に白紙ではない。これは幼児の自由画の男女差がはっきりしていることからも分かる。生後すぐの性別の判定を誤認したような場合は、4歳以前に性別の変更を行わないとそれ以後では修正は困難で、その幼児が新しい性へ適応するのが難しくなる。そのような場合、子供の行動様式たとえば遊びのパターンや玩具の選考・自由画の傾向などが脳の性を判定する助けになるだろう。外生殖器の性よりも、また生後の養育よりも、“脳が性を決める”ことを示しているといえるだろう。
参考文献
D・キムラ著『脳の性差』認知脳科学特講テキスト、2006年
新井康允著『脳の性差』共立出版、1999年
彼末一之著『生理学はじめの一歩』メディカ出版、1999年



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