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食卓章5:32について 投稿者:せと 投稿日:2019/06/24(Mon) 11:54:22 No.4799

はじめまして、非ムスリムの日本人です。
イスラム教のことを日々調べています。
申し訳ないですが批判的に。

表題の件で質問があります。
食卓章5:32はイスラム教は殺人を禁じている根拠としてよく引用されているようです。
しかしこれって「イスラエルの子孫達」への掟ですよね?
ムスリム宛の掟ではないのじゃないですか?
また後に続く5:33が5:32とかけ離れた内容で理解に苦しんでます。
どなたか疑問に答えてくださるとありがたいです。

自分はイスラム教、ムスリムに敵対心を持つ者ではありません。
しかしコーランの記載には異教徒について過激な記述が多々あり、シャリーアや法学上の技術であるナスフ学説などはその過激な記述を追認してると理解してます。

Re: 食卓章5:32について 投稿者:meryem 投稿日:2019/07/02(Tue) 12:20:45 No.4805

せとさん、こんにちは。
私もイスラム教を勉強し始めた頃は、せとさんと同じような理解の仕方をしていました。
クルアーンの一文一文の理解に悩み、最も大切な主目的である「心の平安」を見ていなかったからです。

イスラム教の興った背景を考えてみましょう。
大変大ざっぱですが、まずはユダヤ教があり、次にキリスト教ができ、その2つを補完するものとしてできたのがイスラム教ですよね。
当然、当時は邪悪な新興宗教として、ユダヤ教徒やキリスト教徒のみならず、同族のアラブ人(土着の多神教徒、主に偶像崇拝をしていた)からも大変な迫害を受けました。
いじめなんてものではなく、戦争、殺人レベルでの壮絶な迫害です。
だから、5:33「アッラーとその使徒に対して戦い、または地上を攪乱して歩く者」に対して、5:32「われはイスラエルの子孫に対し、掟を定め」る必要があったのではないでしょうか。
クルアーンの中では、ユダヤ教徒とキリスト教徒は「啓典の民」として、いわゆる先輩なので立てているのですが、いくら先輩でも許されないことだってありますよね。

また、異教徒についてですが、今のように飛行機や電車もなかった当時のアラブ世界は、大きくはユダヤ教徒、キリスト教徒、アラブ人で構成されていたと思います。
当然、日本の仏教や神道などは眼中にもないというか、存在すら知られていなかったものと推察します。
なぜかそこにかみついてくる日本人が多いので、私も困ってしまいます。

ただ、各法学派、神学派により解釈は異なりますので、「イスラム教ではこう」という定義は誰にもできません。
私の述べたことも、違う立場の人から見れば間違いだと言われるかもしれません。
読書感想文が100人いれば100通りあるように、クルアーンを読み、自分で解釈した上での行動がアッラーのお望みにかなうことが一番大事だと思っています。
そのような緩さゆえ、いろいろな考え方のムスリムがいるのもまた事実ですが、彼らに対しての批判はアッラーにしかできないことです。

なお、クルアーンは後ろから、前期、中期、後期の記述という構成になっています。
初め、私は最初から(後期から)読んだのでさっぱりわかりませんでしたが、井筒俊彦先生の「コーラン」を後ろから読んだら理解が深まりました。
専門の方からは翻訳精度の批判はあるようですが、大体の内容を理解するにはわかりやすい本だと思いますので、お勧めします。

せとさんのように,イスラム教に興味を持ってくださる方が増えるとうれしいですね。
お答えになっていないかもしれませんが、一つの参考にしていただけましたらありがたく思います。

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