イスラム掲示板


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記事No 8705
タイトル Re: 死後の世界について
投稿日 : 2014/11/05(Wed) 23:29:43
投稿者 あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
参照先
AL-SIRATという日本語サイトに死後の世界について書かれたものがありましたので、コピペします。参考にし、確かなところはクルアーンで確認してみてください。解説も書かれていると思います。
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クルアーンのなかで、死後の様子と審判の日について述べている節はおよそ千二百もあり、またこの事柄に関する預言者ムハンマド様と彼の後継者たち(彼らすべての上に平安あれ)のハディース(伝承)も、膨大な数に上ります。この事実は、如何に来世が重要であるかを示しており、さらには地上の生(現世)に続いてもたらされる生(来世)のほうが、むしろ真実の生であることを訴えています。

アッラーは、人間を試みるために地上に置かれました。そして人間は各々の寿命を生き、その後で肉体から魂が引き離されます。肉体が死んだ後も魂は生き続け、墓の中で2人の天使(ムンキルとナキール)によって信条に関する幾つかの質問をされます。(1.あなたの主は誰か。2.あなたの預言者は誰か。3.あなたの宗教は何か。4.あなたの経典は何か。5.あなたのイマーム(導師)は誰か。)その後、審判の日には魂が肉体に戻されて復活し、現世での行いについて尋問され、各々の信条や行いに相応しい報いを受け取ります。そして、ある者は楽園とも呼ばれる天国に行き、またある者は業火とも呼ばれる地獄に行きます。善い行いをしてきた者のなかでも選り抜きの少数は、アッラーの御側に迎えられます。天国にも地獄にも複数の段階があり、人間はその善し悪しの程度に応じて振り分けられます。




・死と来世

「かれらは聖霊に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「聖霊はわたしの主の命令からくるのである。そして、あなたがたには僅かの知識しか授けられていない。」」(17章85節)

現世を生きている人間は、来世についてほんの僅かの知識しか持ちえませんが、聖クルアーンのなかで、魂にまつわる秘密の幾つかが明かされています。たとえば次のような節があります。

「アッラーは、死に際して魂を召され、また死んでいない者も睡眠の間(それを召し)、かれが死を宣告なされた者の魂はそのままに引き留め、その他のものは定めの時まで(肉体に)送り戻される。まことに、この中には熟考する人びとへの種々の印がある。」(39章42節)

肉体が墓に葬られた後、魂もそこに留まります。アッラーの許可を得て墓の外に出ることも可能ですが、必ずそこに戻って来なければなりません。死後、信心深い者は2つの天国を体験し、不信心で罪深い者は2つの地獄を体験します。1つは、審判の日まで魂が置かれる状態(バルザフ、地峡または合間の意)であり、もう1つは、永遠の住処として与えられるものです。

ある時、預言者イーサー(イエス)様(彼の上に平安あれ)はアンティオキア(*)に2人の使いを送り、唯一無二の神だけを崇拝するよう人々に呼びかけさせました。そのまちの住人の一人は、信仰を受け入れ2人の使いに従ったのですが、その信仰のために、国王は彼を殺すよう命じました。死の瀬戸際で、彼は言いました。
(*)アンティオキア(アンテオケイア) 小アジアにあった古代国家ピシディアの古代都市。現在のトルコ中西部コンヤの西約130kmの地に遺跡が残る。

「まことに、わたしはあなた方の主を信じるものである。だからわたしに耳を傾けなさい。」そして、「あなたは楽園に入れ。」との御言葉があった。彼は言った。「ああ、わたしの民が知っていたならば!わたしの主がわたしを御赦しになり、栄誉ある者の一員になされたその訳を。」」(36章25〜27節)

彼がその一員となった楽園は、「バルザフ(barzakh)」と呼ばれる段階の楽園で、審判の日まで魂はその状態で過ごします。そして審判の日、それは誰もが他の人々の運命を知る時であります。

2種類の業火(地獄)について、強烈で生々しい記述があります。

「業火である。 彼らは朝な夕なにそれに晒され、そして(審判の)時が到来する日、「フィルアウン(*)の民を最も厳しい懲罰に投げ込め。」(と仰せられよう)。」(40章46節)
(*)フィルアウン(ファラオ) 古代エジプト王の称号。

イスラームの教義では、魂が肉体から離れる時、非常な痛みを伴うとされます。死の瞬間について、次のように描写されています。

「否!(魂が)喉元に届く時、こう言うであろう。「(この苦痛を取り除いて死から救ってくれる)呪術師はいないのか!」そして(その死にゆく人は)(それが)今わの際であることを悟るであろう。 (苦痛のために)一方の脚は他方の脚に絡まり、その日、あなたの主に駆り立てられる。」(75章26〜30節)

「2人の受け取る者(守護の天使)が、右側にそして左側に座って受け取る時、彼がまだ一言も言わないうちから、彼の傍の看守は(記録の)準備を整えている。そして実際に死の昏睡が訪れる。これはあなたが避けようとしてきたもの。 そして(審判の日を知らせる)ラッパが吹かれる。これは(訪れることが)約束されていた日である。そしてどの魂も、(羊の群を追い立てるように)追い立てる者(天使)と(現世の諸行を証言するための)証言する者(天使)に伴われてやって来る。(そして言われるであろう。)「あなたは、これ(審判の日)について不注意であった。われは今、あなたから覆いを取り除いた。今日、あなたの視覚は鋭敏である。」」(50章17〜22節)

しかし、真の信仰者にとって、死の訪れは穏やかな至福の時となります。

「「全き安寧のなかにある魂よ!あなたの主に返れ。(主に)喜び満足し、(主の)御満悦にあずかって。 あなたは我がしもべの中に入れ。そしてわが楽園に入れ。」(89章27〜30節)

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