●食事について
食べてはいけないものなど、コーランで制限がありますよね。
単に、豚肉そのものだけではなく、インドネシアで問題となった味の素の原料の中に含まれていた、など考えますと、
調味料など、見えないところにも禁止されているものが使われている場合がありますよね。
ハラース食品(?)でしたか、専門の食品店が日本にもあるようですが、
とはいえ、いつもがいつも、そこで通販で取り寄せてばかりはいられないでしょう。
外食をせざるをえないこともあるでしょう。
また、日本人イスラム教徒だけではなく、
海外のイスラム教徒も、他の国に行った時の食事は実際にはどうしているのでしょうか?
飛行機の機内食は申し出ることができますが、
行った国で、専門のレストランを探すのでしょうか?
でも限界がありますよね。
食べたとしても許しを乞えばいいのかもしれませんが、
厳格なイスラム教徒の人たちは実際はどうしているのでしょう。
日本にも10万人ほどがいるようですよね。
この10万人が厳守しているほど、その専門食品店やレストランは充実(店舗数)していないでしょう。
このあたりを教えてください。
●教会費など
ほかの宗教では、入信した所属する教会に、教会費なるものを収めますよね。
こういうようなことはイスラム教ではないのでしょうか。
●ペットなどの死について
神は人間だけではなく創造されたすべてのものに平等とされているようですが、
もし、ペットが死んだ場合、神にそれを祈ることや神の加護を受けることもできるのでしょうか。
また、動物の死、植物の死などはコーランでは人間のような裁きがあるとは思えませんが、どのように解釈されているのでしょうか。
> ●食事について
>
> 食べてはいけないものなど、コーランで制限がありますよね。
>
> 単に、豚肉そのものだけではなく、インドネシアで問題となった味の素の原料の中に含まれていた、など考えますと、
> 調味料など、見えないところにも禁止されているものが使われている場合がありますよね。
ーーー>肉については牛、鶏、羊などイスラム法に基づいて処理のされているものしか口にすることはできません。豚はもちろんだめですが、ポークエキスの入っているもの、アルコールを使用しているもの、他の動物エキスの入っているもの、動物性ゼラチンなど調味料の中でも食べれないものは多いです。海のものは何でも食べて良いとされています。
>
> ハラース食品(?)でしたか、専門の食品店が日本にもあるようですが、
ーーー>ハラール(合法)の食べもの、ハラーム(不法)です。
>
> とはいえ、いつもがいつも、そこで通販で取り寄せてばかりはいられないでしょう。
> 外食をせざるをえないこともあるでしょう。
ーーー>私の住んでいるイスラム圏ではハラールな肉だと言われながらも実はそうではないものが出回っており、それらであるかどうかを確認するため、どこから来た肉であるかを毎回外食の際も、スーパーで肉を買う際も店員に質問します。そこまでする人もあまりいないですが、少なくとも自分が口にするもの、自分の家族に振舞うものが何かを知っておく必要があるので、私はそうします。
日本やヨーロッパで外食をする場合は、野菜やシーフードがほとんどになりますね。たまにハラールレストランを見つけると、
うれしくて肉料理を注文します。
> また、日本人イスラム教徒だけではなく、
> 海外のイスラム教徒も、他の国に行った時の食事は実際にはどうしているのでしょうか?
>
> 飛行機の機内食は申し出ることができますが、
> 行った国で、専門のレストランを探すのでしょうか?
> でも限界がありますよね。
>
> 食べたとしても許しを乞えばいいのかもしれませんが、
>
> 厳格なイスラム教徒の人たちは実際はどうしているのでしょう。
ーーー>このような努力もジハードといって、アッラーのために奮闘することで報酬があります。これが来世(アッラーのために善行をすればするほど報酬がある、というコンセプトです。)の行き先の決め手になると思えばなんてことない努力です。
>
> 日本にも10万人ほどがいるようですよね。
> この10万人が厳守しているほど、その専門食品店やレストランは充実(店舗数)していないでしょう。
ーーー>そうですね、日本ではそこまで充実していませんし、空港に礼拝所がない空港も世界的にみても日本くらい?じゃないでしょうか。日本人モスリムが今後のモスリムの為にも自分たちのためにもモスリムとして暮らしやすい環境作りをしていくことも仕事のひとつですね。まずはモスリムがモスリムでない人にイスラムが何かを伝えること、そして理解を得てそのような環境作りをすることが必要ですね。
> このあたりを教えてください。
>
>
>
> ●教会費など
>
> ほかの宗教では、入信した所属する教会に、教会費なるものを収めますよね。
> こういうようなことはイスラム教ではないのでしょうか。
ーーー>その教会費は何に使われるのでしょうか。教会の運営ということでしょうか。
イスラムにはザカート(喜捨)があります。時期や額がきまっており、5台柱の1つです。これはモスクなどに支払うのではなく、8種類の受取人が定められており、それに該当する人のみが受け取ることができます。しかし、モスクの運営にしようされる資金などは恐らくその地域のコミティー、もしくは国から支払われるもので、そのために支払うということはありません。日本のモスクの場合はどうかわかりませんが。その他サダカといってこれも喜捨ですが、これは好きなときに好きなだけ必要としている人に渡すことができます。
>
> ●ペットなどの死について
>
> 神は人間だけではなく創造されたすべてのものに平等とされているようですが、
> もし、ペットが死んだ場合、神にそれを祈ることや神の加護を受けることもできるのでしょうか。
>
> また、動物の死、植物の死などはコーランでは人間のような裁きがあるとは思えませんが、どのように解釈されているのでしょうか。
ーーー>動物や植物は意識を持たないので裁かれる対象になりません。人間でも知能の発達がないもの、植物人間、子供は対象になりません。その逆の人間のことを(Mukallaf)といいます。Mukallafでない人間や動物はモスリムとしての義務もなければ、それに対して裁きもありません。審判の日がくると、復活させられた後、人間たちは裁きにかけられますが、動物は土に返ります。
Salam
> > ●食事について
> ーーー>肉については牛、鶏、羊などイスラム法に基づいて処理のされているものしか口にすることはできません。豚はもちろんだめですが、ポークエキスの入っているもの、アルコールを使用しているもの、他の動物エキスの入っているもの、動物性ゼラチンなど調味料の中でも食べれないものは多いです。海のものは何でも食べて良いとされています。
【5.今日(清き)良いものがあなたがたに許される。啓典を授けられた民の食べ物は、あなたがたに合法であり、あなたがたの食べ物は、かれらにも合法である。】(家畜章)
ちょっと指摘したいのですが、このクルアーンの一節と預言者(S.A.W.)のハディースに基づき、「啓典の民」すなわちキリスト教徒とユダヤ教徒が多数を占める国からの肉は合法とされるファトワが出ています。また、ハナフィー法学では魚以外の一部の海鮮類を食すことが禁忌、または嫌悪されています。
> 日本やヨーロッパで外食をする場合は、野菜やシーフードがほとんどになりますね。
ある本に、ひろさちや氏の家にイスラムの人が来たとき、喜ばせてやろう、と牛肉を炒めて出したら、怒った、という。
それは、「その肉は汚いものだろう。なぜなら、その肉を炒めたフライパンで豚肉を炒めたことがあるだろう」と。
そこまで厳守する人の場合、イスラム圏以外、専門食レストラン以外では食べることができなくなりますよね。
それと、見た目が分かる、豚肉、というもの以外の調味料についてですが、野菜や魚貝であってもそれを調理したときに使った調味料に、接着として豚の油が使われていた、など味の素のようなことはほとんどの調味料に含まれている、となにかに書いてありましたので、そうなりますと、
イスラム圏に住む人が海外に行ったとき、
或いは、在日日本人イスラムは、食べるものがほとんどないような状況になってしまうのが現状ではないでしょうか。
それでも、すぐに謝って今後そう致しません、と誓ったとしても、見えない部分の調味料に含まれていたり、調理した器具が豚肉に触れていたことがあったり、では、厳格に守ろうとすると、大変神経質になりそうな気がしていますが、
現状はどうなのでしょう。
> アッラーのために奮闘することで報酬
たぶん、なのでしょうね。
> その教会費は何に使われるのでしょうか。教会の運営ということでしょうか。
モスクの建設費とその維持費が実際どのようになっているのだろうか、ということに疑問を持ちました。
イスラム圏ではお金を持っている人が義務として他に払うものと
任意の寄付のようなものがある、と知りました。
それで建設費と維持費がまかなわれるのでしょう。
では、日本は、といえば、善意なる寄付で建設されたとしても
その後の維持費、そこで働いている事務の人たちの給料のようなものはどうやって収入を得ているのでしょうか。
ということを知りたいと思いました。
> 動物の死について
これについてイスラムはどうなのか、を知りたかったのは、
仏教では、ペットが死んだとき、お坊さんが祈ってくださるそうですし、今ではペット霊園なるものがありまして、お葬式があります。
キリスト教では、プロテスタントの各宗派については個々のため分かりませんが、カソリックでは、人間以外祈りません、ということで、どうしても祈ってくださらなかったので、死んだペットを持って、お寺で祈ってもらって埋葬した、という話をききました。
それでは、イスラムでは、ペットが死んだ場合、どこに埋められるのか、そして、聖職者なるものが存在しませんので、家族がそのペットが祈るのか、と思いきや、どうなのか、、、。
普通の信仰を持たない日本人でも、「天国に言ってね」などとペットに対して祈るでしょう。こういうことをイスラムではどのようにしているのでしょうか。
>ひろさちや氏
彼の本でイスラームを学ぶのは間違っています。
彼の本を読むなら何も読まないほうがまだましです。
>それは、「その肉は汚いものだろう。なぜなら、その肉を炒めたフライパンで豚肉を炒めたことがあるだろう」と。
イスラム法的には、豚肉を調理した皿やフライパンも、石鹸で洗えば全く問題ありません。
そのアラブ人がイスラームを知らない愚か者か、ひろさちやの作り話でしょう。
> 現状はどうなのでしょう。
簡潔にレベルで分類してみます。
レベル1(食物の規定に100%完璧を求める場合):この水準の人はそもそもわざわざ日本のような国には来ません。アラブ圏を出ずに一生を終えます。
レベル2:ハラールショップを最大限活用し、普通の食料品店では魚や野菜、小麦粉等、肉成分の含まれないものしか買わない。乳化剤、マーガリン、ショートニング等はもちろんのこと、香料、アミノ酸など、肉由来である可能性が残る物は買わない。
ノンムスリムとは殆ど付き合わない。
レベル3:食料品店では、乳化剤、マーガリン、ショートニング等、肉由来の可能性が高く、それを避けて買ってもそれほどの困難を感じさせない物は避けるが、香料やアミノ酸など、避けることが困難なものについては、気にしない。
レベル4:肉由来であることが明確なもの以外は気にしないで食べる。
レベル5:豚以外は気にしないで食べる。
レベル6:豚も気にしないで何でも食べる。
人それぞれです。
食事について;
知らずに食べた、間違って食べてしまった場合は罪にならないそうですし、それ以外食べるものが無く命の危険がある場合、強制された場合も同様だそうです。
ハラームに関しても、人にチェックされてなんやかんや言われるからとかでなく、アッラーと自分のかかわりの中で行うものです。
実際ハラームを日本ではしかたないからと食べていたアラブ圏ムスリムの人もいました。なぜ人々はお酒を飲むのか、飲むとどうなるのか理解したいからとアッラーに許しを請いながら試していたアラブ圏からきたムスリム科学者もいました。
ほんとに人それぞれですよ。
> 実際ハラームを日本ではしかたないからと食べていたアラブ圏ムスリムの人もいました。
それは言い訳に過ぎないと思います。
確かに日本ではハラームが多くて、外食では完全なハラール食品を見つけるのはちょっと難しいですが、命に関わるほどの問題はありません。
ハラールレストランは地域によって限りがあるが、ハラールフーズショップよりハラール肉を買う(買いに行けない場合宅配便で送ってもらえる)、又は日本の一般のスーパーから野菜や魚などを買って自分で調理すれば良いでしょう。
日本では仕方ないからハラーム食べるなんて言い訳。私は20年弱日本にいますが、アルハムド・リッラー、(市販のものの原材料に入っていて、間違って食べたのはわかりませんが)ハラーム食べたことはありません。
> なぜ人々はお酒を飲むのか、飲むとどうなるのか理解したいからとアッラーに許しを請いながら試していたアラブ圏からきたムスリム科学者もいました。
市販品の調味料などに少しハラームが入っていて、解らなくて食べてしまったことや宗派によって解釈に違いがあるもの(魚介類等)はともかく、お酒は明確にハラームです。アッラーが禁じたものです。それを「アッラーに許しを請いながら試しに飲む」なんて、アッラーへの冒涜じゃないですか。
ほかの宗教もイスラムも同様な面がある、と書くと怒る方がいらっしゃるかもしれませんが、
信徒の中には厳格に守っている人もいれば、
守ろうとしているがどうしても仕方がない部分は分かっていてもそうしてしまっている人もいるでしょうし、
そしてもっと気楽になってしまっているような人もいるのでしょう。
そして、守ろうとしていない人や
守っていないことの理由をさまざまな状況でそれなりの言葉で表すのでしょうけれども、
そういう人たちの存在を聞いた人で厳格に忠実であろうとしている人はやはり「忠実であろう」と憤慨することでしょう。
でも、これが、イスラムに限らず
キリスト教もユダヤ教も現状なのだと思いますが
みな、それぞれの環境でそれぞれがそれぞれなりに努力しているのでしょうね。
その度合いやスピードなどは、人の能力が違うのでしょう。
イスラムについてもそうなんですよね。
金もちもいればそうではない人もいるわけで。
それぞれの役目がある、と。
また、なにかに特化した才能も人によってはある、と。
と同じように、教えに対してどのように努めて天国に行けるかも人それぞれなのかもしれません。
とわかったようなことを言ってしまいましたが
だからこそ、なに教であれ、やっぱり、みんな、同じ人間なんだ、とほっとしたような気分にもなっていますが。
顰蹙をかうような言葉であったとしたらごめんなさい。
> そして、守ろうとしていない人や
> 守っていないことの理由をさまざまな状況でそれなりの言葉で表すのでしょうけれども、
大幅にご意見を略しましたが、このような人間の行動パターンについて何回も何回もクアランの中で戒めがなされています。崇高なアラー様はこのような自分勝手な人間をよくご存知です。
>
> だからこそ、なに教であれ、やっぱり、みんな、同じ人間なんだ、とほっとしたような気分にもなっていますが。
私は逆に自分勝手にやっていながら、困ったときだけ神にすがる人間だからこそ、最終預言者が指名されたと思っています。例えばイスラムのホームページから蜘蛛章をご覧ください。
本題の食事についてコメントします。
本来イスラム教徒には満腹に食べることが推奨されていません。ハディースにも預言者の食生活がのっています。マレーシアではラマダン以外の月でも、スンナの断食が推奨されていますので、月の1/3くらいは断食しています。ちなみに今週は木曜日まで断食中です。
日本にいたときは、魚だけを食べていました。また外食も断食に慣れているので、「どうしても」食べなくてはならないということが無いため、特に困りませんでした。魚肉ソーセージにもラードが入ったいたことを発見したときは驚きましたが・・・・
それは言い訳に過ぎないと思います。
その通りですね。
日本語ができる方ならスーパーでの買い物やハラームが入っている食材か判別できるので言い訳にすぎないと感じるでしょう。この人は技術研修のため施設に半年滞在しただけの方です。施設ではハラールフードをレストランで出していますが、自由に料理できるキッチンはありません。レストランも食事時間以外は閉まっています。友人との外出時、英語がわからない日本人相手にハラールフードを厳密に判別できないと悲しそうに言ってました。
>お酒は明確にハラームです。アッラーが禁じたものです。それを「アッラーに許しを請いながら試しに飲む」なんて、アッラーへの冒涜じゃないですか。
それに関して下のコーランをあげたいと思います。
>>>>聖クルアーン、雌牛章
219. かれらは酒と,賭矢に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「それらは大きな罪であるが,人間のために(多少の)益もある。だがその罪は,益よりも大である。」
>>>>聖クルアーン、婦人章
43.信仰する者よ,あなたがたが酔った時は,自分の言うことが理解出来るようになるまで,礼拝に近付いてはならない。
食物に関してははっきりと「あなたがたに禁じられたものは」と他のアーヤで明言していますが、アルコールに関しては
@肉に関する規定と違い、文句なしに良いものでないとは言ってません。
A酔ったムスリムに対し、大罪を犯した地獄へ向かうものだといっているわけでなく、理性を取り戻すまで礼拝(アッラーへの対峙・賛美の行動)をするなと言っている。
誤解して欲しくありませんが、私は決してハラームを気にするなといいたいわけではありませんし、私がそれを犯すつもりでこんな投稿をしているわけでもありません。
ただ、人それぞれの事情・状況・考え方を知らずに他人の人生を私達がジャッジできるでしょうか?人間が人間の罪を決定しレッテルを貼る意味は?その行為の真の意図が許されるものかどうかはアッラーが決めることでしょう。
明らかな悪意のもと行動を変える意図ないムスリムへ同胞としての忠告や諫言ならいいと思いますが…。
ちなみにお酒を試した科学者の方は非常にアッラーを愛し、イスラムを愛している方です。
彼は、自分が相手の生活・世界観を学ばずには日本にイスラムを伝えたくとも難しいし対立してしまうだけといってこのような行動をとっていました(試した後、すぐ止めてましたよ)
規範を守るからムスリムなのではない、唯一の存在アッラーを心から信じて生きるからムスリムなのだと私は思ってます。
あくまで日本人のアイデンティティでムスリムになった私個人の意見なので、けしからんと怒る方もいらっしゃるかもしれません。
もし気分を害した方がいたらすみません。
アッサラームアライクム
yasuminさんの引用ですが、下のアーヤ2つはアルコールが最終的にハラームになるまえに下った、アルコールを少しずつ信徒から遠ざけるためのものです。
当時のアラブではお酒は普通に飲まれていて、一度にハラームとなると信徒に困難がもたらされる恐れがあるため、このように飲酒は順々にハラームとなりました。
> それに関して下のコーランをあげたいと思います。
>
> >>>>聖クルアーン、雌牛章
> 219. かれらは酒と,賭矢に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「それらは大きな罪であるが,人間のために(多少の)益もある。だがその罪は,益よりも大である。」
>
> >>>>聖クルアーン、婦人章
> 43.信仰する者よ,あなたがたが酔った時は,自分の言うことが理解出来るようになるまで,礼拝に近付いてはならない。
>
> 食物に関してははっきりと「あなたがたに禁じられたものは」と他のアーヤで明言していますが、アルコールに関しては
> @肉に関する規定と違い、文句なしに良いものでないとは言ってません。
> A酔ったムスリムに対し、大罪を犯した地獄へ向かうものだといっているわけでなく、理性を取り戻すまで礼拝(アッラーへの対峙・賛美の行動)をするなと言っている。
@、Aは最終的にアルコールがハラームになる前の話です。
入信したての方はともかく、「アッラーを愛するよいムスリム」の学者が試しに飲んでみたというのは変な感じがしますね。
私たちはアッラーを愛するがゆえに禁酒し、ハラームを避けるわけですからね。
伊曼さんのおっしゃった通りですね。
引用の仕方がまずかったと思いました。
前回の投稿は個人的な感情も交じってしまったため、あのようになってしまいました。(もちろん勉強不足もあります)この日本でハラ−ムを避ける努力をずっとしているムスリムの方からしたらおかしな話にしか聞こえなかったと思います。ただ、以前からハラ−ムを口にしたムスリムに対するムスリム同士の反応に対して違和感や疑問を抱いていたため、それが投稿に出てしまいました。
> では、日本は、といえば、善意なる寄付で建設されたとしても
> その後の維持費、そこで働いている事務の人たちの給料のようなものはどうやって収入を得ているのでしょうか。
東京ジャミイや神戸モスクのように昔からあるモスクの維持費はどうなっているかはわかりません。
でも、後で(重荷90年代以降)建設されたモスクは全て地域のイスラム教徒の寄付金で作られたものです。1部海外からの寄付などもありますが、主に周りのムスリムの寄付金です。
そして、モスクやムサッラーの維持費もその地域のムスリム達がお金を出し合って行なっています。
日本ではこのやり方が普通ですが、欧米では同でしょうか?
- WebForum -